「わかりました。先ほども申し上げましたように、理解はしていますし私個人としてはご協力したい。しかし・・・これは母、個人のことです。もし、何かあった時は、もちろん私たちでなければ決断できないのであれば私が同意しますが、そうでない今の状況なら、母が元気になってその内容を説明して、母から同意を受けるというのではいけないのでしょうか」
「そうですね・・・」
「正直申し上げると、現在行われている医療の中身がどう使われるか、または使われていないか、それは私どもにはわからないことだと思います。形ある情報として残すという点では何かあるのかもしれませんが、先生や看護師の方が患者と向き合って知り得た知識、技術は頭の中と身体に備わることになると考えます。それを医療の世界で共有されることは、私どもにはわからないわけだし、会話や経験談として話されるのはいいのではないかと考えます」
「わかりました。ご家族の方々気持ちもよくわかります」
先生はそう言って理解してくれた。
「すいません。ありがとうございます」
私は礼を言って頭を下げた。
帰りの車の中で、弟はこの話をまた持ち返した。
「母はそういうのは好まないからな」
私は、黙って頷いた。
その日の夜、弟から電話があった。
「あの同意書の件なんだけど」
どうやら何か引っかかっているらしい。私は黙って聞いていると
「あの書類に同意しなかったことで、医療や看護のやり方が変わるのかな?」
「うん?」
一瞬意味がわからなかったが、おそらく同意しなかったことで病院の依頼を断ったと思われ、患者に対する対応の質が低下すると考えたようだ。普通に考えてそんなことはありえない。また、実際にそんな事があってもそれを確かめる術はない。
「いや、そんなことはないよ。あの同意で今回の件に関するデータは使われないのだろうけど・・・それと、医療や看護のサービスが変わるわけはない。先生も理解してくれているよ」
「うんそうだね。わかった」
しかし、まだ引きずっていた。
4日目の面会に行く車の中で、弟がまた同意書の話を始めた。
彼のここ数日の心理状態を理解しているので、私はこう言った。
「わかった。昨日は先生に断ったけど、改めて家族で話し合い同意することにしたと伝えよう」
「うん、そうしてくれるといい」
面会で先生から経過を聞いた後、私は同意書の話を切り出した。
「先生、昨日の同意書の件ですが・・・家族で話し合って、同意書のサインをしようということになったのですが」
すると先生は
「いえ、大丈夫ですよ。お母さんが元気になられてからサインをいただきますよ」
「よろしいんですか」
「はい、昨日言われた通りだと私も思いましたから」
弟も先生の説明で何も思っていないようだ。
これでこの同意書の話は終わった。