第62話「帰宅②」

僕たちは母を介護する

看護師は御袋の様子を見て、最後に必要な物品などを教えてくれた。

「対応するときに、ゴム手袋が必要です。あと、紙おむつと、尿漏れのパッドもいりますね。ストーマなどを拭くために、アルコールの入ったシートもいります。皮膚が乾燥して荒れているのでボディクリームも用意しておいてください。おしりふきもあるといいですね。赤ちゃん用でもいいです」

一つずつメモしていたので、ゆっくりと説明してくれた。
驚いたのがゴム手袋はこちらが用意するものだということだった。

事業所が訪問先ごとにゴム手袋を持って行ってたら経費が大変なんだろうが、商売道具としての観点から考えると不思議な感じもした。
でも、そこはなんとなく納得して、わからないことだけを尋ねた。

「尿漏れのパッドというのはどんなものでしょうか」
そういうと、スマホでネット検索して画像を見せてくれた。

「いろいろなサイズのものがありますけど、お母さんはこのサイズでいいと思います」
私もスマホで検索してもよかったが、見せてもらった画像を写した。
「わからないことがたくさんありますよね。その時は連絡してください」
「ありがとうございます」
そして、看護師は
「お母さん、また来ますね。一緒に頑張りましょうね」
そう言って、皆が帰って行った。

夕方5時を過ぎた。
弟に聞いた内容を話すことにした。

「明日と明後日は訪問看護がきてくれるらしい。明々後日の土曜日はデイサービスに行けるみたいだ。ただ訪問介護は来週しか入れないらしい」
「デイサービスはどこに」
「俺も知らなかったけど上のとこにあるらしいよ」
上のところとは、家の近くにある坂を上った地域だ。
車で10分もかからない。
「だからその間の食事はお前が準備してもらわないといけないが・・」
「わかった。さっきもらった献立表とかを参考にするよ」
病院でもらった献立表を渡しておいた。
私は聞いていないが、弟は訪問介護との話し合いでも料理の話をしている。

「今から今日聞いたものを買ってくるよ。何か欲しいものがある?」
「刺身を食べたいって言っているから刺身を買ってきてほしい」
「何の刺身がいいのかな」
「マグロの刺身でいいよ」
「わかった」
そして私は御袋にも聞いた。

「何か欲しいものがある?」
「はちみつレモンが飲みたい」
「はちみつレモン?」
「うん、ずーっとお茶か水しか飲んでいないから」
「なるほど、はちみつレモンでいいんだね」
「うん」

他にないことを確認して、実家を出た。
夕方5時半を過ぎた頃だがもうあたりは暗い。

ドラッグストアに行くと、看護師から聞いた介護用品はすべて揃えることができた。
便利な世の中になったなと、ありがたく感じた。
そして少し離れたスーパーに行き、刺身とはちみつレモンのジュースを買った。
ついでに自分の晩飯を買おうと思ったが、今日はコンビニ弁当にすることにした。

実家に戻り、刺身を弟に渡した。
そして購入したもの袋から出し、部屋の隅に並べた。
そうしていると、弟は御袋の食事の準備を終え、御袋のところに持ってきた。
「ずーっと刺身が食べたかったよ」
そう言いながら喜んで御袋は食べ始めた。

「そっか、ゆっくり食べな。じゃ、また来るよ」
「うん、今日はありがとう」
玄関までくると弟が見送りにきたので
「お疲れさん、また来るよ」
「うん、おつかれ」

車に乗り時計を見ると19時を過ぎていた。
慌ただしい1日だったが、達成感のような心地良い満足感を感じていた。
しかし、この時の私はこれから始まる介護の大変さを想像していなかった。