第61話「帰宅①」

僕たちは母を介護する

久しぶりに外の様子を眺めた御袋に
「5ヵ月では何も変わっていないだろう」
そう話しかけた。
「うん、変わらん」
桜の花でも咲いていれば、少しは楽しい景色も見れるだろうが、まだ1ヶ月は先だ。

雑談をしている間に家に着いた。
実家は大きな家ではないが、玄関から門(小さな門だが)まで10メートルくらいある。
門の前に車を停め、助手席側に車いすを置いた。
『福祉車両なら車いすのまま移動できるはずなので楽だろうな』
そんなことを思ったが、福祉車両はおそらく高いだろう。

そもそも、歩けるようになれば必要がない。
“その日”の前日までは、歩行器や手すりを使って遅くても歩けていたのだ。
“その日”から1ヶ月もたっていない。
しばらくは大変だろうけど、仕方ないだろう。
そう思いながら、どうにか車いすに乗せると、弟が家からでてきた。
「おかえり」
弟が御袋に声をかけた。
「ただいま」
御袋はそう言って少し笑った。

実家に介護用スロープはなく、玄関には段差もある。
小さな段差は玄関の扉で5㎝程度だが、その前に15㎝くらいの段がある。
玄関に入ってもそれくらいの段があるのだ。
たった15㎝程度だが、車いすにとても高い。
どうするか悩んだが、私は御袋に
「少し歩けないか」
と尋ねた。
「うん」
と言って御袋は車いすから立ち上がった。
ゆっくりだが歩いている。
『これだけ歩けるなら、時間をかければ生活に支障がない程度に歩けるのではないか』そう思った。
そして御袋は、玄関からベッドまで歩いて行った。
「疲れただろう。横になるといいよ」
弟は車から荷物を運び、洗濯物やコップなどを片付けていた。

すると
「こんにちは」
そう言って玄関から声がした。
ケアマネジャーが入ってきて、後ろには女性が4名ほどいた。
「訪問看護事業所さんと訪問介護事業所さんにも来てもらいました」
ケアマネジャーがそう言ってそれぞれ紹介した。
6畳二間続きの部屋にこれだけの人が居るのは久しぶりだ。
4名の女性は御袋の周りに集まって話しかけていた。

私は病院から預かった文書をケアマネジャーに渡した。
そこからは私と弟はそれぞれで対応した。
事業所のサービス内容など契約に関することは私が行い、家の使用や御袋の食事については弟が答えた。

契約に関することは実際よくわからなかった。
皆、これを理解してサインしているのだろうか。
もちろん契約をする以上、理解しなければならないのだが、適当なことは書いていないだろうと思ってしまう。
もちろん、サービスの内容などはしっかり理解しているが、料金などが適切なのかどうかなんてわからない。

契約書にサインしているとき、御袋の周りで話す事業所の人たちの話をきいているとふと思った。
力関係なんてものはないのだろうが、看護師と介護福祉士、訪問介護員での発言力というか行動力に違いがあるように感じた。
それは私が資格の違いを思っていたからかもしれないが、やはり看護師がてきぱきと発言していた。
その人の個性かもしれないので、資格としての違いは私の偏見かもしれないのだが。
また、看護師はバイタルチェックをしたりしているのも大きい。

いろいろやりとりしていたらあっという間に時間は過ぎ、夕方の4時になっていた。3時前に帰ってきたのでもう1時間以上が経っていた。