第44話「回復の兆し」

僕たちは母を介護する

転院して1ヶ月経つある日、久しぶりに御袋の面会に行った。
転院してからは1度しか面会していないので2度目の面会だ。
面会は少ないが御袋とは電話をしたり、病院から電話があったりして、何度か病院に足を運んでいた。

御袋がかけてきた電話の内容は
『耳かきを持ってきてほしい』
『爪切りがいる』
『自宅で使っているものと同じ枕を新しく買ってほしい』
『パジャマが欲しい』
と、ほとんど要望だった。
必要なものではあるだろうが、なんかワガママだなと感じてしまった。
それは私が思っていた今までの御袋の印象とは少し違ったからだ。
といっても必要なものではあるので、耳かきや爪切り、枕を購入して持参した。
しかし、パジャマは病院でリース契約をしているので、理由を言って断った。

1度目の面会と同じように、部屋で待っていると看護師さんが車いすを押して入ってきた。
「よう、こんにちは」
「こんにちは」
小さな声だがしっかりとした挨拶を返してきた。見た目もかなり良いようだ。
「調子はどうかな」
「うん、いいよ。ご飯が美味しくない」
「あはは、そうか。味がわかれば大したもんだ。元気になったら美味しいものを食べるといい」
「うん」
「この前、病院からリハビリ用のTシャツを持ってきて欲しいと言われて、受付に渡しておいたけど、リハビリしているの?」
「うん、マッサージとか。足の曲げ伸ばしとかしてもらっている」
「そうかそうか。早く立てるといいね」
「うん、今月は無理だけど、立てるようになったら退院したい」
「そうだね。立てて、少しでも歩けると気分も変わるよ」

御袋の人生でこんなに長く入院していたことはない。
よほど退屈なんだろう。
朝から夜まで、ご飯を食べる時以外はほとんど寝ているか、テレビを見ているだけだ。
リハビリといっても何時間もしているわけではない。
御袋の話では10分から15分程度だ。

御袋はいなかったが、受付をする時、ナースステーションの近くにたくさんの高齢者の方が車いすに座って並んでるのが目に入った。
病院で入院しているから当たり前だが、皆静かだ。
私が通ると、ジッと見ている人や、うつむいている人、天井を見上げている人がいた。
移動時以外はベッドで過ごす御袋も、車いすでの生活になればこの中にいるのかもしれないと思った。

季節の話やテレビのニュースなどを話していると、御袋の手に何か持っているのに気付いた。
「クリーム持ってきたの?」
前回の面会で言われていて、その後病院へ届けたハンドクリームを持っていた。
「うん、これを足に塗ってほしくて。カサカサしてるから」
「なんだ、そうか」
そう言って、クリームを受け取り、ズボンの裾を上げた。
確かに、くるぶしからふくらはぎにかけて、皮膚がカサカサになっている。
普通の乾燥肌より激しい。皮がむけているようにも感じた。

実を言うと、御袋の肌に触れた記憶がない。
幼少期は手を繋いだりしていると思うが、そんなことは覚えているわけがなかった。
「かなりカサカサになってるね」
私は自分の手にクリームをつけて、御袋のふくらはぎに塗り込んだ。
膝からくるぶしまで綺麗に塗った。
「こんな感じでどうかな」
「うん、ありがとう」

ちょうど面会時間が終わり、看護師が迎えにきた。