第8話「手術開始前」

僕たちは母を介護する

「人口肛門になるんですか」

人工肛門という言葉を聞いたことはある。
そして腹部のどこかに人工的な肛門を作るものだろうと想像はできた。
しかしそれは人工肛門という言葉から想像していたもので、実際に見たことはない。
突然聞く単語に驚きは隠せなかった。

「腸が破れていたら、切除することになります。現時点では、そのまま腹部に穴をあけ、そこに人工肛門を造設します。」
その時の私たちは、そのことで御袋の今後の生活がどうなるのかなどは、考える余裕はなかった。先生の緊急を要する雰囲気が伝わり、「わかりました」とだけ答えるしかなかった。

「手術は12時から開始します。およそ4~5時間ぐらいの手術になると思います」
手術の時間を聞き、改めて大変なことを実感した。そして、そんな大手術に母の身体は耐えられるのだろうかという心配が隠せない。私が学生の時、盲腸の手術をしたことが、とても比較にならないものである。

「手術前に母と会うことは可能でしょうか」
心配を隠せない弟が口を開いた。
「難しいと思います・・・が、会うことができても麻酔で話はできません」
「わかりました、無理を言ってすいません」
弟の気持ちも察して、私が代わりに先生に謝った。
「それでは、手術の前にいろいろな手続きをしてもらわないといけません。待合室の方でお待ちください」
先生がそう告げると、私たちは席を立ち、「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。

この時すでに時間は11時20分を過ぎていた。
私が病院に到着したのが10時。
先生の説明を聞き始めたのが11時頃。
1時間半近くを経過するが、体感的には30分もたっていない。

待合室に戻ったら、一人の女性が書類を持ってきた。
いろいろな説明をされたが、その時は理解しても後からは何を説明されたかわからない。
言われるがままではないが、その時の私はちゃんと理解してサインをした。
この他にもサインをする書類があるのでしばらく待つように言われた。

その後、しばらく待った。
時間は11時40分になろうとしている。
手術は12時からといわれたが、他にサインをする書類は大丈夫なのだろうかと思ったが、もしかしたら終わった後にするのかと思った。

すると一人の男性が走ってきて、「こちらの同意書にもサインをください」と言われた。
「時間がないので早くお願いします」と言われたが、早口で説明された。この時もしっかり理解してサインをした。
このような書類のサインなどは病院側としては手続きとして必要な物だろう。そこは十分に理解できる。しかし患者、今回の場合家族だが、しっかり納得し、不明な点は質問し理解した上でサインをすることはできないだろう。